皇大神社と天岩戸神社のご参拝をすませて、次の「神ムスビ巡礼旅」。
今回は籠(この)神社と眞名井神社を巡ります。
籠神社は「元伊勢」ということなので由緒正しい神社という印象ですが、眞名井神社はその奥宮でこちらも古くから人々が住んでいたとのこと。
何でも縄文時代には人間が生活を営んでいた跡が見つかっているそうです。
古の人々はどんな生活をしていてどんなことを思い、何を信仰していたのかなんてロマン溢れる歴史の1ページを想像したらどうしても現地を訪ねたくなってしまいました。
そして今回も私の強い味方・マイルで無料でひとっ飛び!に感謝しつつ。
籠神社と奥宮・眞名井神社の神ムスビ巡礼旅をお送りいたします。
「天橋立」北の玄関口に鎮座する籠神社
秋の風が気持ちよく吹き渡る某日、やって来ました籠神社(このじんじゃ)!
丹後国一之宮元伊勢籠神社は日本三景のひとつ、天橋立の北側の玄関口に位置しています。
ご祭神
- 主祭神:彦火明命(ひこほあかりのみこと)
- 相殿神:豊受大神(とようけのおおかみ)/天照大神(あまてらすおおかみ)/海神(わたつみのかみ)/天水分神(あめのみくまりのかみ)
ご利益
- 家内安全
- 商売繁盛
- 縁結び
ご由緒
神代の頃、眞名井原(天橋立の北浜)に豊受大神をお祀りした匏宮(よさのみや)がありました。第十代崇神天皇の御代(紀元前97年~同30年)に天照大神がお遷りになり、豊受大神と御一緒に4年間お祀りしましたが第十一代垂仁天皇の御代(紀元前29年~後70年)に天照大神が、第二十一代雄略天皇の御代(457年~479年)に豊受大神が伊勢にお遷りになったことから「元伊勢」と呼ばれるようになりました。
籠神社の基本情報を押さえていよいよ境内へ!
というところですが…
残念ながらここから先は撮影禁止なので、オリジナル画像はここまで。
これからあとの境内内のお写真は籠神社のホームページよりお借りいたします(^^)
神門をくぐるとまずは拝殿です。
こちらも伊勢神宮と同様に建築様式は神明造。神明造は神社建築では最古と云われています。
その特徴のひとつが左右対称。
何でしょう、左右対称には安心感・安定感があるんですよね。
拝殿の左手には摂末社である猿田彦神社、春日大明神社、天照大神和魂社。
写真右側の天照大神和魂社(あまてらすおおかみにぎみたましゃ)はご祭神が天照大神の和魂で摂社。
写真中央の春日大明神社(かすがだいみょうじんのやしろ)は末社でご祭神は
- 武甕槌命(たけみかづちのみこと)
- 経津主命(ふつぬしのみこと)
- 天児屋根命(あめのこやねのみこと)
- 比売神(ひめかみ)
写真左は猿田彦神社で同じく末社。
ご祭神は猿田彦大神ですが古来より大世多大明神(おおせただいみょうじん)と呼ばれているそうです。
↑ワタクシのメンターである先生がご一緒でしたが熱心に水琴の音色に耳をかたっ向けておりましたので、モデルさんにしちゃいました(笑)
余談ですが境内のお庭に『水琴窟(すいきんくつ)』がありました。
水琴窟は地下に小さな空洞を作り水滴を落とした際の音を反響させて聞くための装置です。
写真のように竹筒が設置されているのは比較的音が小さいことが多いよう。
とはいえ水琴窟があるのは極めて静かなお庭。日常の雑多な音をしばし忘れて、ただただ水滴が落ちる音だけに集中できる時間の何と贅沢なこと!
この素敵な音色に心が浄化されたような感覚に陥りました。
倭宿禰命(やまとすくねのみこと)像
籠神社の社家海部氏の4代目がこの方なんだそう。
神武東征(遷)の際に明石海峡に亀に乗って現れ神武天皇を先導、大和建国の第一の功労者として倭宿禰の称号を神武天皇より賜ったとのこと。
何だかスゴイ神話です。
なお、亀の頭と倭宿禰命の手にある玉がやけにピカピカなのは参拝者がご利益があるようにと撫でるから。ご利益…あるんでしょうか⁈
この銅像の横には池があってその中に山のようにたくさんのカメさんがおりました(^^;)
ではいよいよ奥宮・眞名井神社へ移動します。
知る人ぞ知る眞名井神社の御神水はご利益あり
天気があやしくなってきたので足早に眞名井神社へと向かいます。
籠神社から約400mほどのところに眞名井神社は鎮座しています。
眞名井神社に到着。
籠神社とはまた違った雰囲気。ひっそりと静まり返っています。
眞名井神社はご本殿の裏に古代の祭祀場である「磐座(いわくら)」が約2500年前から現在に至るまでそのままの形で祀られています。
天橋立観光協会によると眞名井神社の別名は「久志濱宮(くしはまのみや)」と言い「くし」とは霊妙なる不思議なパワーの源を意味するのだとか。
つまり古来よりパワースポットとされてきたのかも知れませんね。
ご祭神は豊受大神・天照大神・伊弉諾尊と伊弉冉尊など。
豊受大神は食物に関する神様で五穀豊穣などにご利益があるとされています。
また「眞名井」とは清水につけられる称号の中でも最高位のもの。
それもそのはず。社伝には海部家三代目の天村雲命(あめのむらくものみこと)が高天原へお出かけになって神々がお使いの「天の真名井の水」を黄金の鉢に入れ持ち降ったと伝えています。
そのため「天の真名井の水」は御神水とされ、この御神水を目当てに参拝に来る方もいるそうです。
うっそうとした中、歩を進めると…
真名井原縁起は原文の漢文を宮司様が皆が読めるようにと書き直して下さったもので籠神社の創始創建に関わることなんだそうです。
が、説明…ちと長い。そしてやっぱり分かりづらい…。どうか私にもわかるようにかみ砕いて下さる方がいらっしゃいますように(T_T)
理解できないなりにもしばらく見つめ手を合わせた上で後にします。
石段の先にある鳥居の前には拝殿。
それより手前、石段の下にあったのが御神水。「天の眞名井の水」です。
私も持参したボトルに頂きました。大事に使わせていただきます。
あ、御神水を汲むときはこちらではなくてすぐ近くの「眞名井水神社」で頂くようにしましょうね。
さて、先ほどの拝殿ですが、大きくはないものの籠神社と同じ神明造の格式を感じる社殿です。
この日の参拝者も決して多くはありませんでしたが皆さん厳かな雰囲気の中、静かに手を合わせていらっしゃいました。
ご本殿の後ろには磐座。こちらは天照大神と伊弉諾・伊弉冉が祀られています。
ここまで来ると明らかに空気が変わります。何か宿っているような、ピリッとした感じがします。
こちらの建物は眞名井神社の授与所です。
と言ってもいつでも開いているわけじゃないんです。
月に2日程度しか開設してないのでお守りや御朱印などどうしても欲しい場合は事前に開設日を調べてからお出かけするのが良さそう。
ちなみに郵送もしないそうなので現地に行って頂くしか方法はないかな、と。
開設日等はこちらからご確認くださいね。
眞名井神社の石碑は時々、話題に上るようです。
というのも神紋がいつの間にか変わっていたことから。
現在は三つ巴ですがかつては六芒星(✡)だったとか。
一説によるとダビデの星と勘違いされやすいので変更した、との噂もありますが真偽のほどは定かではありません。
まとめ
今回は丹後国一宮元伊勢籠神社と奥宮眞名井神社を巡りました。
どちらも由緒ある、しかも格式の高い神社でしたが眞名井神社に宿るパワーには気圧されました。
磐座に近づいた時に特に強く感じたのでやはり何か宿っているんだろうなと直感的に思いました。
観光気分ではなくてもっと敬意を持って訪れるべきところという感じです。
次は自分の心と向き合いたい、なんて時にゆっくり時間をかけて籠神社と眞名井神社を巡りたいと考えていますよ(^^)